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PTあまてぃ

Author:PTあまてぃ
埼玉県狭山市在住の理学療法士10年目。

ボバースをやっていましたが、最近はクラニオセイクラルやヨガ等も勉強しています。
日々の臨床で感じたことや、考え方などを書き綴っていけたらなと思います。
読んで頂く方にとっては、分かりにくい表現がたくさんあるかもしれませんが、書きたいことを書かせて下さい。

2004アロマテラピー検定2級取得
2007福祉住環境コーディネーター2級取得
2008年理学療法士取得
2012年ボバースベーシックコース卒業
2014年骨盤底筋エクササイズ「Pfilates™」インストラクター取得

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ゆっくり走り

先日、古武術の稽古だったのですが、先生に「最近マラソンやるための体力作りとして歩いている」とお話したところ、
「マラソンのためにやるなら、歩くのよりもっと遅いスピードで走ってみなさい」
とアドバイスをもらいました。

で、実際にやってみて、ナルホド!と納得しました。
以下、僕が感じたチョーゆっくりランニングのメリット
①足趾含めて足の裏の感覚が拾いやすい
②ムダに力んでいる箇所が明確になって、ケガの防止が出来る
③上下の運動に対してのクッションする感覚が明確になる

①と②は何となく想像できたけど!特に③のクッションの感じがビックリした。
20分のチョーゆっくりランニング後に普通に歩くと、まるで動く歩道に乗っているかのような、全く上下の動きがない、本当にスーーーっと歩ける感覚!

普通に走ってしまうと、前後方向への感覚ばかりに意識が向いてしまい、上下のクッションの感覚が拾いきれなくなるんだと思う。
前方向に向かうことと、上下のクッションは別々に分けて練習した方が良さそうだ。
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同じことをしても結果が異なる

同じことを聞いても人によって答えが違うように、同じようにハンドリングしても人によって反応が異なる。

セラピストは技術を身に付けることは必要なことは言うまでもない。
しかし技術だけではダメ。
コミュニケーション能力、醸し出す雰囲気、観察する力、感じとる力、自分の身体のコンディション、遊び心などなど。
結局はセラピストの人間性そのものが問われるんだなぁ。

意識の広がりと目と姿勢の方向性

先日、藤本靖先生のモティリティーワーク勉強会。
大腰筋と下肢の繋がりを中心にワークを行った帰り道。
ふと、意識の広がりを感じました。
と同時に、目の使い方の違いに気付きました。

意識の広がりとは、今まで中心視野ばかりで見ていたことに気付き、周辺視野で見られるようになったこと。
そうすることで目の使い方が変わることに気付いた。
そして目から誘導されるように、姿勢の方向性が感じられ、その方向に体を委ねると理想的な姿勢に近づくところまで実感した。

実はちょっと前からメガネをなるべく外す実験をやってるんです。
メガネを外すとなんとなく良いってことは感じられていて、それまでも施術中はほぼ外しておりました。
で、先日の気付きで確信に変わりました。
目の使い方、特に周辺視野の使い方が大切だって。

でもメガネがないと困るときが多々あるんで、メガネの調整ちゃんとしないとなとも思ってます。
身体全身への影響も考えてくれるメガネ職人さんとかっていないでしょうかね?

死ぬ準備

以前僕は、『死』とはどういうものか、自分が死んだらどうなるのか、死ぬときは苦しいだろうなぁ、などなど『死』について、特に自分が死ぬことに対して漠然とした、そして大きな不安・恐怖として捉えていました。
僕の祖父母の死や病院の患者様や訪問リハビリの利用者様など様々な方の死を経験する中で、最近死について自分の中の考えが変わっていることに気づきました。
自分が死ぬことに対して怖くなくなっている。
不安・恐怖がまったくないと言ったらウソになりますが、それが自然な死であれば全然怖くない。

生物が死を迎えるとき、身体が死を受け入れる準備をするんだと思うのです。
人間が生まれるときに、ホルモンやら何やらによって身体や脳はメチャクチャ凄まじい変化をしてますよ。
生まれてくるのと同じように、死を迎えるときも同じように凄まじい変化をするんです。
苦しくないよう、脳内麻薬が出て幸せな気持ちになり『死』を迎える。
それが自然です。
生まれて死ぬのは当たり前のことで、そのように進化してるんだもん。
死ぬのが怖いというのは、誰かに殺されるor事故で死ぬ、みたいなこと。

『死』より怖いものがあるとすれば、死ぬ準備が出来ているのに死ねない、ということだと僕は考えています。

現在は医療が発達しているため、その弊害の一つと思うのですが、本人が死ぬ準備が出来ているのに生かすことが出来てしまう。
命を助けることは良いこと。
確かにそうだ。
でも、死ぬことってそんなに悪いことなんだろうか?

助かって幸せに暮らしている人もたくさん知っている。
反対に壮絶な死を迎えてしまう人もたくさん知っている。
その時、生きてた方が良かったのか、死んでた方が良かったのか、こればっかりはどちらが良いとは言えない。
これは個人の人生観だから、どっちが正解か不正解はその人にしか分からないし、その本人でさえ分からないことも多い。
でも、今の現状では本人がどっちかを選ぶことが出来ないばかりか、病院に行ってしまうとその時点で助けようとする。
当たり前だ。
現時点では。

僕は自然な『死』を迎えたい。
できれば自宅で家族に看取られて。

椅子

僕のリハビリの師匠である杉本先生とイノアックで共同開発した車椅子クッション、スイモ。
僕のボディーワークの師匠、ロルファー藤本靖先生の身体理論に基づいて椅子職人が作ったという椅子、シリオ3。

一方は片麻痺の方が姿勢を崩さずに食事が出来るように。また、立ち上がりやすくするために。
もう一方は健常人が姿勢が固まったり、疲れたりしないで座れるように。
どちらにも言えることは、休むために座るのではなく、動くために座るという事を考えて作られた物と言うこと。
また、両方とも骨盤と大腿後面にサポートがある形状。
頭だけではなく、感覚でも身体のことを知っている方が作ったクッションと椅子が、どことなく共通点が多いのは偶然じゃなく、必然だと思います。

僕はスイモには座ったことがあるのですが、骨盤が起きやすく、脊柱が自然と伸びる感じで、楽に座っていられ、安心感がある。
それでいて僕の場合、腰が非常に楽でした。
シリオ3は座ったことないのですが、何となくこれに近い感じになるんじゃないかな?と想像しています。

スイモはまだ発売してないけど、近々発売予定で材質により20000円~40000円。(後々介護保険適応になるとかならないとか)
シリオ3は50000円前後。(セミオーダー)
むむむ、高い。。。
けど欲しい。

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